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2017.08.07保育だより
7月の保育だより

ある朝、「先生~大変だ~きてきて~!」とお庭から子どもの呼ぶ声が。何かと駆けつけてみると地面を這っている虫がいます。子ども達は「青虫だ!どこから来たんだろう?」「早く取ってあげないと踏まれちゃうよ~」と大騒ぎです。実はさちのお庭には背丈80㎝程のミカンの木があります。見ると他にも青虫がいて、ミカンの葉は食べつくされています。

青虫を手に乗せてから「みんなちょっと来てごらん」とその木の存在を子どもに伝えます。いつもは柵がしてある場所なので「え~そこは入っちゃいけないんだよ~」と子ども。「そうなんだけど、今日は特別ね」と答えます。「ここにミカンの木があって蝶のお母さんがきっと卵を産んだのね。でも他にも青虫がいっぱいだよね」「ほんとだ~それで葉っぱも全然ない!」と子ども。「きっと新しいはっぱを探しに歩いていたんだね」というと「そっか~じゃあ早く葉っぱに乗せてあげなきゃ」と子ども。

青虫を私から受け取った子は「どこに置いてあげようか」他の子も「こっちに置こうよ」「ダメだよ此処がいいよ」と一つの場所がみつかります。そこで私が「その葉っぱも素敵なんだけど、青虫さんの食べられる葉っぱは決まっていて他の葉っぱじゃダメなのね」というとすぐさま「どんな葉っぱ?」と聞き返します。「ミカンの葉が好きかな?」というと「さちにはないよね。どうする?」「あっ!公園にあったよね」「そうだ、○○公園にあった」「先生今から取りに行こう」とどんどん話が進んでいきます。そんな子ども達に「ごめんね!今は公園に行く時間じゃないの。だけど、裏の駐車場にミカンの木が1本あるからそれを取ってきて蝶になるまでみんなで育ててみない?」と言ってみました。「やってみる~」と子ども達。自分の知識をフルに働かせて今の疑問や問題点に向き合う子どもの姿はキラキラしています。

こんな時でも大体の大人は「青虫が食べる葉っぱはミカンの葉に決まってるだろ」とか「あそこにミカンの木があるから取りに行こう」など最短の答えを言いがちです。そうすると子どもの返事は「そうだね」で止まってしまい、次のセリフは「○○してよ」と依存的になります。答をもらった子どもはそれ以上考える必要がなくなるからです。子どもが何かの課題に向き合い意見を大人に求めてきた時、私は子ども達の考える余地を残した疑問を投げかけるような返事をしたいなといつも思います。この年齢の子ども達はそれが正しいか正しくないかと言う事よりも自分の知識を使って思考をめぐらすことに喜びを感じます。それぞれが根拠のない自信を振りかざしながら意見交換する姿はコントのように愉快で楽しそうです。

さて、青虫の観察が始まりました。食べている葉がどんどん小さくなる様子や採ってきた葉っぱをあっという間に食べつくす速さに驚いたり、「ウンコがいっぱい落ちてる~」と喜んだり、2時間くらいしか経っていないのに「ちょっと大きくなったかな?」と納得したり、観察ケースの前は子どもの垣根が込み合っています。次の日もまた、青虫が歩いていたので「先生この子も一緒に育てよう」と最終的には4匹の青虫を育てることになりました。

ある日、「先生、この青虫動かないよ」と心配する子に「多分さなぎになるのかな?触っちゃだめよ、ケースをたたくのも駄目」と伝えた次の日、「わ~さなぎになってる」と子ども。他の青虫も動きが止まってきたら「もうすぐさなぎになるんだよ、触っちゃダメ」と私に言われたことを他の子に伝えています。全ての青虫がさなぎになりました。3日、5日待てども待てども羽化しません。そのうちに子ども達はケースを見に来なくなりました。

さなぎの存在を忘れかけてきたある日、「先生~蝶になってる~」と子どもの声。「やった~逃がしてあげようよ」と最初に見つけた子どもが言うので「みんなで育てた青虫だからみんなで一緒に逃がしたいな」と提案します。すると、「そうだね!」ど同意する子ども達。その日1日じっくり観察してからみんなが帰る時間に蝶々ともサヨナラの儀式をしました。「げんきでね~」と手を振る子どもの瞳はやっぱりキラキラしています。小さなケースから大空へ飛び立つ蝶に「良かったね」と声をかける子もいます。そんな毎日を送っていたある日、公園遊びで蝶を捕まえ虫かごに入れて喜んでいる子ども達がいました。「帰りますよ」と声をかけ集まった子どもの虫かごの中に、もう蝶はいません。「あれ?せっかく捕まえたのに逃がしてあげたの?」と聞くと「うん!だって大きいお空の方がちょうちょさんもうれしいから」と笑顔の子ども。生き物を飼育することの大切さを改めて実感する日となりました。

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